個人的な事情 Ⅰ-1 精神の病理現象  1-1  

精神科の診療は自分との戦いである、といえばずいぶん気負ったいい方である。
だが、それがあながちいい過ぎとはいえないと私は思う。
というのは、精神療法は原理的には「未知なる自己の発掘」、あるいは「新たな自己の創造」といった試みだからである。
人間は謎に包まれた存在である。
自分がどういう存在なのか、人生とは何なのか、生の果てに死がある意味は何か、我われは何を目指して生きるのか、などといった「答えようがない」問題、難問以上の難問に
意識せずともさらされている。
人生は基本的に「不可解」である。
「解がない」人生にどういう意味を見出すかは「個々人の問題」である。
そういう人生の過程で「迷子になる」こと、「自分を見失う」ことは人類的テーマと無関係ではあり得ないのである。
精神科の診療は「目下の生活状況(家庭、学校、会社などの)で、人生の壁にぶつかって先へ進めない。不安でならない・・・」といった場合に,
精神科医が「その問題を共有する」ことによって成り立っている。
薬の処方もされるが、それは「薬で病気を治す」という意味ではない。
薬は利用するべきものである。
不安、抑うつ感などのこころの不調感をそれなりに整えて、問題に取り組む力をたかめるのは、本来的にそれぞれの患者さん自身の問題である。
精神科医は、その患者さんの求めに応じる「共同存在者」という立場にある。      ’20.3.31.



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