自己の価値 3

「恥を知れ」という言葉がある。
それは、おそらく一般の動物にはない。
そこでは力較べで差別化が図られている。
人間が力づくで何かの地位や権力を手にすると顰蹙を買う。
恥知らず、ということになる。
動物は力づくで、人間は知恵比べで秩序を造る。
いずれにしても、秩序がなければ安心が得られないのであるが、両者の違いは自我の有無にある。
自我に拠っている我々人間は、力づく、あるいは本能の赴くままに行動することを恥じとする。
自我は「引き受ける精神」である。
「引き受ける」ことは判断を伴うのである。
判断を伴わず、無反省に「引き受ける」ことは無責任に繋がるので、やがては自分自身に累がおよぶ。
職場で仕事を頼まれて「いいですよ」と心地よく仕事を「引き受けて」、やがて会社に行けなくなる人がある。
この場合は「引き受けて」いるのではない。
「断る」ことができないのである。
「断るという気持ちを引き受ける」ことができないのである。
自我の機能を健全に保つには、原則的にキャパシティを越えてはならないのはいうまでもないだろう。
「断る」という自我の判断機能が不十分であるときに、こういうことが起こる。
そういう場合には不本意ながら、無責任といった事態になる。 ’19.12.16.





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