不登校の問題 5

「不登校」は、学校という「囲いの中の自由」を享受できなかった姿である。
それは「囲い」が護りの機能を果たせなかったことを意味している。
「囲い」が護りの意味を果たせなかったのは、本人の問題でもあるだろうが、「囲い」を担う関係者の問題でもある。
本人の問題としては自我が機能不全に陥っていることが第一であるが、それも一様の問題ではない。
本人が育ってきた過程には、親子関係などの複雑な事情があるだろうからである。
こころの内界には不安、恐怖、怒りといった感情が多かれ少なかれある。
それらの負性の感情は、自我を衰弱させるか、逆に強化させるかは個々に事情が違う。
事情がさまざまなので、不登校の子が「ちょっとした助け」で救われるのか、そうではないのかによっても助けに入る大人たちの力量が問われる。
ということではあるだろうが、要は、本人のこころにどこまで寄り添えるかの問題である。       ’20.5.22.

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