個人的な事情 2-5 ( 自分らしく生きるということ 5

「人生は不可解なり」という遺書を残して華厳の滝に身を投じた旧制一高の学生があった。
人生が不可解なのは当然である。
だが「不可解」は絶望の理由になるだろうか。
可解であれば、永遠の退屈になるだろう。
そうであれば、それこそ生きる理由はないのではないか?
不可解である世界という舞台を与えられて、そこにどのような「可解の生」を描くのかが我われ一人ひとりの課題である。
不可解であることは、そこに永遠性がある。
そして不可解であるが故に「汲めども尽きない泉」が湧き出る可能性が保証されているのではないのだろうか。
その無限性というキャンバスを与えられて、「自分の絵を描く」のが人生ではないのだろうか。
死は永遠性の保証である。
だから死は希望の源泉である。
私はそのように思っている。         ’20.4.14.

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