個人的な事情  3

自己が存在するためには他者の存在が不可欠であるのは、他者との協働で「全」を目指すこころのダイナミズムが活性化する(と想像される)からである。
同性同士の良好な関係は平和な喜び、満足感を醸し出す。
男女の関係では、いわゆるリビドーの流れ(性的、生命的なエネルギー)が活性化する。
取り分けて、男と女が恋愛をするとき、リビドーの流れは勢いをたかめる。
その熱情が両者の合体という「全」を束の間味わうことを可能にする。
そのように「自我に拠る社会的存在」としての人間は、不完全性を生きる宿命の下にある。
不完全であるが故に全を求める人間は、死によってはじめて完全性の世界に入ることになる。
死は自我が無意識界に没収されることを意味する。
自我の母体である無意識界に没収されることで、永遠の世界、無限性の世界、無の世界といった「名づけ得ない世界」に回帰するのである。
無知の知として、それは「在る」というべきである。
これも「科学的知」ではない。あり得ない。想像的知であるが、それが有用であり、本質的な意味を持っているときに「創造的知:といったものになる。                 ’20.2.11.

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