自己の価値 4

こうしたふうに無分別な分別をめぐらす理由は、我われには「分からないものが在る」という単純な事実からである。
そして、もうひとつは「希望がなければ生は成り立たない」からである。
希望を失って自死に思いを馳せる、といったことはある。
そういう方向へこころが動いていくのが「こころの病い現象」である。
死が厳然として生に立ちはだかっているかぎり、死を待望するこころがあっても不思議はない。
そして、だからといって、「死を思うのは当然です」などというのであれば、精神医療などは無用である。
そういうことも踏まえていえば、死は希望であるという逆説めいたことが見えてくるように思われるのである。
そもそも、さっさと死んだ方がましな生などあり得るだろうか、というのが素朴な疑問である。
疑問を持つことには、それだけの理由があるのである。
何かへの疑問は、その何かに「応えるために在る」のではないか?
さもなければ、そもそも疑問が存在する理由はないのではないだろうか。 ’20.2.24.


                    


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