小窓から 7

しかしながら、「権力者」がどれほどのものかは多くの人々が知っています。
権力が人間的な腐敗と多かれ少なかれ絡むからです。
そういうことを半ば以上知っていても、「寄らば大樹の影」になるのが人間の嵯峨というものです。
誰もがそれぞれの「個性を歩む」ことができれば、それは理想社会というものでしょう。
そうはいかないのが「人間の嵯峨」である所以です。
誰もに「ひとに認められたい」こころがある以上に、人格が未熟であればあるほど、「完璧をもとめる」こころがあるから、「そうはいかない」のです。
それは「不完全性を生きる人間」の嵯峨というべきものです。
その「不完全性」があるが故に「完全」を目指す内的なこころがあるのです。
自分にないものを他人に同化しようとするこころがあるからです。
それが庶民のこころである一方、そうした俗臭を感じてそれらの列に繋がるこころにもなれないときに、他者からも自己自身からも見離された気分に陥ることにもなります。
そうした「人間的な在り方の宙づり状態」になったときに、支えを求めるのが、またしても「他者に」になりがちです。    ’20.6.16.

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